8月8日、上海へ向かうその日は朝から天候が悪く、ニュースによると、台風が石垣島に接近中との事、更にもう一つの台風が沖縄へと向かっていた。

成田空港に着くと欠航便が相次ぎ、その時、成田に着陸するトルコ航空が乱気流に巻き込まれ数十人の怪我人が出たとのニュースも流れて来た。まるで私を足止めするかの様に・・・。上海行きの航空機がアメリカの飛行機だった為、チェックが非常に厳しかった。アメリカテロから既に5年も経っているのに、その厳しさは一段と増していたのである。トランクを預ける為のセキュリティーチェックの時に、ジッポーオイル缶とライターを没収され、更に着火式のギミックはセキュリティー担当官との押し問答の末、かろうじてなんとか没収されずに済んだのだ。チェックインの時にも又、問題が起きた。僅か4キロの重量オーバーでも許してくれなかった。搭乗の時には更に驚いた場面にも遭遇した。当日は、大変暑かったので飲みかけのペットボトルを持って搭乗しようとした乗客は皆、呼び込まれ、無理にでもその水を全部飲まされていたのだ。搭乗までに、これほど神経をすり減らしたのも稀である。そんな中で私は機上の人となった。 僅か2時間半のフライトはあっという間の出来事であった。夜間、上海空港に到着すると耳慣れない中国語が元気よく耳に飛び込んでくる。どの人も皆日本人のように見える。現地スタッフが迎えに来た。その車から見る上海の夜景は薄暗く感じた。超高層ビルが林立する間を縫う様にハイウエイは伸びていた。

　翌朝、ウルムチ（鳥魯木斉）へと向かう。国内便なのにウルムチまでは、4時間半のフライトだ。中国の広さを実感する。シルクロードの要の都市ウルムチは思った以上の大都市で、漢民族の他にウイグル族が多く住んでいる。

　ウルムチに着くと現地ガイドのスタッフがにっこり笑って「お疲れ様でした」と流暢な日本語で話してくれた。心からほっとした瞬間だった。

　翌日は、早朝打ち合わせと下見で劇場へと向かった。想像以上の大舞台に驚いた。

（大きな舞台付き劇場レストラン）

（リハーサル会場風景）

入念に音響や照明をチェックし現場スタッフに進行表を渡す。その夜の楽屋となったのは、ウルムチ市の芸術大臣を兼ねた座長のオフィスだった。出番前、スタッフの一人が血相を変えて飛んで来た。何と昼間入念に打ち合わせた現地スタッフは皆帰り、もう一度打ち合わせをしなければならないと言う。何と現場スタッフは昼夜交代制だったのだ。初舞台を目前に私は緊張感が走った。

（初回の舞台演技）

　現在、日本では「間合いの哲学」が注目されているようになったが、まさしくマジックは間合いが最も重要である。セッティングの位置が違っただけで演じる間合いが崩れてしまうからだ。いよいよウイグル族の舞踊演技が終わり、私はオープニングの曲と共に中国初ステージの第一歩を踏んだのだ。

今までに経験した事のない空気を感じながら私は演技に徹した。

　ここで中国で言う特異功能（超能力）というものを少々説明しておきたい。

中国における国が認めた特異功能者は、その地位は高い様だ。シルクロードのガイドの話によると、砂漠に住むウイグル族の一青年が、そのガイドに砂漠にある好きな石を拾わせ、そのまま握るように指示した。そして、青年が握った手に気を送ると、ガイドは握っていられない程石が熱くなったと言うのである。それで手を開けてみると、その石は亀の甲羅になり、それに水を注ぐと手足が出て来て、生きた亀になったと言う話を真剣に話してくれた。今、そのウイグル族の一青年は特異功能者として国家の犯罪捜査の仕事に従事していると言う。それで観客の殆どが私の演じる超マジックで起こる現象も気の力と捉えてしまったようだ。社会主義国においては私の演じるマジックで起きる現象をサイキックマジックとして認知させる事の難しさを実感しながらステージを下りた。まだまだ、その認知には時間がかかる事だろう。ともあれ中国初日のステージを無事終えた。

　翌日、プロフィール撮影に適した場所を現地ガイドの案内でウルムチ近郊の南山牧場と天地（天国に一番近い湖）へと向かった。
　　　　　（南山牧場）
南山牧場はカザフ族が夏の間移住する場所である。四方を山に囲まれた盆地に無数のパオが居を構え人々が生活している。山の向こうはカザフスタン。国境ギリギリの地であった。谷川の激流を右手に見ながら細い砂利道を砂煙と共に走ると前方にそびえ立つ山の頂上に湖はあった。雄大な眺めと美しい景色にハッと息を飲んだ。その後、再び車に乗り込むと天山山脈のオアシス都市トルファン（吐魯番）へと向かった。砂漠の道は地平線までまっすぐに伸び、右を向いても左を見ても広々とした景色が同じように写る。途中、恐竜発掘で有名になった発掘現場を通過。何でもNHKが地球大進化という番組で取材に来たという場所である。その後、アメリカのグランドキャニオンを小さくした様な風景に遭遇した。もう夕暮れも終わりに近い頃だった為、暗かったが、うっすらと月明かりの元、私はガイドと共に車から降り、小高い丘の上に登ると、その向こうに赤や白い線が何筋も引かれた線状の地層が山肌に続き、とても神秘的で美しかった。本当にミニグランドキャニオンだ！
　　　　　　　　　
そこまで砂利道で30キロもガタガタ揺られながら来たので背中が痛い。又、同じ道を引き返すのである。走っているのは我々の車だけだ。前方は山に囲まれた闇。突然、繁みの向こうから野生動物が飛び上がり、ヘッドライトに写し出され、はっとする。どうらや狐のようだった。その他、ウサギもピョンピョン跳ねている。まさに大自然のまっ只中に来てしまったのだ！ 私達の車はやっと舗装道路に乗ると一路、温泉ホテルへと向かっていた。砂漠の真中にポツンと一軒建物があるだけのホテルだった。深夜の到着にもかかわらず、人々の笑い声が建物の向こうから聞こえてきた。温泉というのは温水プールのことで、泊り客が水着を着て入り騒いでいたのだ。やはり日本とは勝手が違う。遅い夕食をとる為ガランとした食堂へ入ると、数人の客とウエイターが２〜３人居た。薄暗い店内だったが、目が慣れてくると外が真っ暗な為かテーブル上が明るく見えた。あまり飲めない私が付き合って老酒（アルコール度数３２度）を飲んだのには訳があった。それは、明日からのプロフィール撮影の為、彼等とコミュニケーションをとりたかったからだ。それと彼等に言われた一言だった。「友情が有れば、例え倒れたにしても杯を受けるはずだ」。酒は友情を示すバロメーターなのである。こうして男同士の友情が結ばれた。

　翌朝も大晴天だった。とにかく砂漠は雨が降らない。朝日を浴びながら、更に車は軽快に大砂漠の一本道を一路天山山脈へと向けて走り続けた。

　オアシス都市トルファンは、標高マイナス６３ｍいずれ水没してしまうであろうと言われている都市である。ここまで来ると漢民族は少なくウイグル族が９０％を占める。又、中国屈指のブドウの産地で最近では、全中国からの旅行客も急増した。日干しレンガの家並みとポプラ並木をロバ車がカタコト走っている。女性達は皆ロングドレスに身を包み派手な色彩で、情緒豊かであった。世界遺産となったトルファンの交河古城へと向かう為ホテルに着くや、朝食を兼ねた昼食を取ると、休む間もなく車に乗り込んだ。白い砂煙をあげながら外気温度４０℃の道を走る。思わず、インドの猛暑を思い出し覚悟を決めた。

　
　私は、今までアジア諸国を中心とした、不思議な国、神秘な地に自ら足を踏み入れ、その地でしか得られないリアルなプロフィール撮影に挑んで来た事から、今回はこの交河古城をそのロケ地の一つに選んだのだ。しかし、暑さは尋常ではない。交河古城はシルクロードの要衝の地として発展した二つの河の中州にある古代都市だが、その周囲は３０ｍの断崖となっている。そこでの撮影はまさに灼熱地獄であった。ペットボトルの水を飲みながら、日傘に非難しながらの撮影となった。既にインドで体感していた４５℃の高温が免疫となって撮影はスムーズに運んだのが幸いした。その後も交河古城から火焔山（かえんざん）へとロケ地を移動して最後の撮影に挑んだ。

（火炎山プロフィール）

　その夜は知人で中国の全国人民代表委員（中国の国会議員）であり、トルファンの地下水道博物館のオーナーが経営するホテルに宿泊した。
　　（トルファン博物館ホテル）

夕食後、市内の劇場に招待されウイグル族の舞踊ショーを観た。ウイグル族はロシア系なのか色白で目鼻立ちがくっきりしていて美男美女が多い。その夜は庭園風劇場から流れるエキゾチックな音楽と舞踊に酔いしれ、まるでアラビアンナイトの様に幻想的な一夜となった。
　　　　　　

　翌日は再び、砂漠のハイウエイに乗り片道２５０キロの道のりをウルムチまで一気に戻らなければならなかった。それは私の第２回目の超マジックショーを演じる為であった。

　中国最高級車の紅旗に乗り、中国軍人が運転手を勤めてくれていた。初回の私の超マジックショーの評判を聞きつけたウルムチの著名人達からの要望に応えての事だった。この２回目の出演が決まった瞬間、鳥肌が立った。初回のステージで、不満が残る私は、今度こそ自分の納得いくショーを演じ切るぞ！ と言うモチベーションがにわかに高まって来たのである。開演時間は夜１０時である。遅い時間と思うかも知れないがウルムチの日没は夜１０時なのだ。疲れを癒し気持ちを入れなおすには十分な時間があり、その夜は出演会場となるウルムチの街で一番有名な劇場へと移動した。既に初日にステージを踏んでいた私は、中国式の進行や打ち合わせには慣れてきていた。初日とは別のシルクロードを代表する最も有名なウイグル歌舞団が約１時間のショーを演じた後、私はトリを飾らねばならなかった。そのウイグル族歌舞団の控え室と隣接する一枚のパテーションで仕切られた控え室で、私はセッティングと入念なチェックを繰り返していた。歌舞団のダンサー達が衣装替えに入れ替わり立ち代り戻ってくる度に、もの珍し気に私の方を見て行く。気を散らすことの無い様に出番が近ずくにつれ集中力を一層高めながら中国での第２回目のステージの時は来た。いよいよ私のオープニングの曲が会場に鳴り響き出番となった。そして、私の初回の不満を吹き飛ばすかの様に見事に演じ切り、人々の大拍手に包まれたのだ。

（舞台演技）

　思えば中国における舞台はゼロからの挑戦であった。これで私の中国ウルムチにおける全ての日程の幕は閉じた。

　ショーの後、ウルムチの著名人達から招待され歓迎の宴会へと向かう心は晴れ晴れとしていた。ふと気が付くと、もう一週間経っていたとばかり思っていたが、実は４日しか経っていなかった。ウルムチの日の出は、朝６時で日没が夜１０時、錯覚をしてしまう程、圧倒的に昼間が長かったのである。

　ホテルに着くと興奮がさめず、なかなか寝付かれなかった。

今や遺伝子の組替えにより本来この世に存在しなかった種までも生む事が出来る時代となった。マジックを一つの手段とするならば、超能力者にも魔法使いにもなれる。したがって、どんな分野においても何の為にそれを成すのか？ という事が最も重視されねばならいと思う。ならば私は、マジックを平和の為に使いたい。不可能を可能にして見せて人々に夢や希望を与えたい。そんな思いを抱きながら私はいつのまにか寝入っていた。

翌日の朝、私は一路次の天地、西安へと向かう機上の人となったのである。

　次回は・・・西安から宝鶏における戦時中の日本人捕虜収容所での人道的実話から、ネパール第３回訪問におけるチャリティーショーの紀行文をお伝えする事になるだろう。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ルーフ広宣